起業家ニートライター

社会不適合者な人でも楽しく働ける企業をつくりたい。【職歴】就職→起業(まちづくり&キャリア支援)→ニート→フリーター→起業(ライター)立命館大学で文章力講座を担当。 2017年より京都在住。 平成3年生まれ。

「おまえは最高の存在だ!」自分を無条件に肯定すること【完結編】

karasimentai.hatenadiary.jp

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三部作となってしまいましたので、上のふたつを先にお読みください。

 

さーて

「自分を無条件に肯定する」

この感覚が身についたはなしがやっと出来ますよ。

 

 

 

 

 

 

大学三年でイベントやってすぐに行き詰まって、

 

「自分は何がしたかったのか」

 

「どうなれば自分は幸せになれるのか」

 

 

っておのれの気持ちの底を探ってみたら、

 

 

 

 

 

 

 

「結局のところ、おれが幸せになりたかっただけじゃんか」

 

 

 

って気づいたのです。

 

 

 

15歳の頃、すべてに疑問を持ちすぎて自分の人生にも意味が見出せなくなってしまって、どうしたら意味のある人生、自分は生きる価値のある人間だ、と思えるようになるのだと考えて、あの時出した答えが「世界を変える人間になろう」それぐらいの人間になれれば、自分の人生にも意味があると思える。

 

どいつもこいつも頭おかしいんじゃねえか?って現状に疑問を持ってる自分が世の中をいい方向に変えていけばいい。志があるおれ立派!

 

 

 

 

でも違った。おれの思想も行動も、社会を思ったものではなく、ただ自分を思っただけのものだった。自分がやりたいからやってるだけだった。それに気づいた。

 

 

 

 

 

僕は、どんな人の気持ちも行動も、根本は自分のためだと思っています。

 

 

どれだけ立派なことをしているように見えても、自分より他者に重きを置いている人なんていないし、いくら他者を救っていてもそれは「自分がその人を救いたいと思うから」

 

 

嫌々やってる人なんていなくて、みんな自分がやりたいことをやりたいようにやってるだけ。

 

 

 

 

 

 

会社を辞めてから参加した、有名な学校経営者で教育家である人の講演会の質問タイムで、

 

 

 

参加者「なぜあなたは素晴らしいキャリアを捨てて(講演者の前職は有名な外資系企業)今の活動をされようと思ったのですか?」

 

 

ぼく(最高にセンスない質問するなこいつ。そんなの自分がやりたかったからに決まってるだろ)

 

 

講演者「わたしが今の活動をやりたいと思ったからです」

 

 

ぼく(ほれみーや)

 

 

 

ということもありましたねそういえば。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「世の中生きづらくてこのままだとストレスで死ぬ!それに誰も自分が感じてる違和感や問題意識を共有してくれなくてさびしい!」

 

 

僕の根本はこんな気持ちだった。

ということで世の中を自分のほうに近づけようとしてた。そうすれば僕が幸せに生きられるから。

 

 

 

そういう自分に気づいてから行き詰まってたイベントを開催するのをやめた。お客さんは喜んでくれてたけど僕が楽しくなくなってたから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分の根本欲求に気づくことと、自分を無条件に肯定することがどう繋がるかと言うと、

 

 

自分を肯定するってことは自分を愛するってことで、その前提には

 

「自分の気持ちがいちばんでいい!だってみんなそうだから!」

 

これがある。これがしっくり来てないと自分を無条件に肯定することは出来ない。

 

 

 

 

「結局みんな自分のために生きてるんだ」ってしっくり来ると自分の気持ちを大事にするようになる。自然と自己否定するより自分を愛そうって意識に変わっていくと思うのね。

 

 

 

「あぁ、やっぱりこれ上手くできない。。でもそれがワタシよ。ワタシはそういうオンナよ!」

 

って受け入れるつーか、開き直るつーか。

(なぜ例が女性になったのかは分かりませんが)

 

自分のダメなところも弱いところも自分の一部だから愛しましょう的な。

 

 

乱暴に言えば、なにか行動してみると自分の足りないところにあちこち気づく訳で、「こんなのいちいち気にしていたら精神が持たない!」ってなるんじゃないの?笑

 

 

 

 

 

 

そういうわけで、僕は自分を愛してますから自己否定をしません。もちろん反省はするけど。

 

なにかやっちまったときに無駄に落ち込まないだけ。

 

「おれはなんて最低なやつなんだ」

 

そんな自己否定してるヒマがあったらそこから挽回する方法を考える。次に同じ失敗をしないように対策を講じる。そうするようにしてます。

 

 

 

 

 

 

 

自分がずっとうわすべりしてたもんだから、僕は志、こころざしって言葉があんまり好きじゃない。

 

 

いかに素晴らしい志を語られても、おめえの原動力はそんなきれいなもんじゃねえだろって思う。というか「で、そんなにあなたを駆り立てる根本欲求はなんなんです?どんな体験をして心にどんなキズを負えばそんな志になるんですか?」って聞きたい。キラキラな志の源泉は毒沼、というのが僕の人間理解で、人の毒沼に対する好奇心は僕すごい持ってる。

 

そう質問して、待ってましたとばかりに「実はね…」って原体験を話してくれる人とは非常にいい関係になれる。

 

 

自分の志が原体験から来ていることに気づいている人は、自分の気持ちがいちばんだと気づいてもいて自分を大切にしている人だから、他者である僕のことも大事にしてくれる。

 

 

 

「人に優しくしなさい」と言うが、他人の前に「自分に優しくしなさい」だと思う。

 

 

自分に優しくなれて初めて他人にも優しくなれる。

 

自分の気持ちに気づかずそれを大切にしてない人に、真に他人を想うことは出来ない。だから僕は自分がいちばん大事。

 

 

僕がひたすら自分勝手なのはこういうことです。最近やっと他人への配慮を意識し始めました。

 

 

 僕にさわやかな夢を語っても反応が悪いのはこういうことです。

 

 

志あるお方「将来は地元に帰って故郷の魅力を世界に発信したいんですよ!」

 

ぼく「へえ」

(それでこの人の原体験はなんなのかな。というかこんなにテンション高く夢を語れるってことは自分の本当の欲求に気づいてなさそう)

 

 

 

 

ヤバいめっちゃあるあるだわこれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最後の最後になったとき、残るのは自分自身。

 

その自分を僕は最高におもしろいやつだと思っていて、きっとそれだけで十分なのでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

編集後記

あんなに自分語りをせずともこの記事一本で事は足りたのでは?笑