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起業家ニートライター

【履歴】就職→起業(まちづくり&キャリア支援)→ニート→フリーター→起業(ライター) 2017年より京都在住。 平成3年生まれ。

処刑場としての会社

最近は、たまたま出会った学生に進路についてコメントを求められたら「1回会社に入ればいい」って言います。起業したい、みたいな夢を持っている子には特に就職をオススメする。

 

なぜなら、一度死ねばいいと思うから。死ぬため、殺されるために会社に入る。

 

まあもちろん、いのち的にdeadじゃない。

 

働いてみて社会の現実に打ちのめされればいい。

自分が描いている理想が妄想だったと気付けばいい。

自分が考えていたことがいかに空虚か。いかに現実を踏まえていない妄想だったか。生活費を稼ぐために働くことがどれだけ大変か。

そうやって毎日に疲れて理想を捨てて忘れて、学生の頃には絶対なりたくなかった、つまらない大人になっている自分に失望すればいい。精神的に死ねばいい。

 

 

そこから生き返ったら本物。会社と社会がおまえを殺しに来ても死なずに済んだら本物。

自分の理想が妄想だと気づいて空虚になって、それでも消えない、もう一度現実を踏まえた理想をつくれるか。
つまらない大人になりきらず、理想の人生を歩くことが出来るか。

 

 

そういうことで、一度死ぬ経験、殺される体験はとても大事だと思うのです。


で、その体験を簡単に提供してくれるのが会社かなと。自分から死ぬって難しいし、他人に殺してもらうのも難しい。

 


僕自身、去年の10月まで死んでいましたのでね。最初の起業失敗した後のニート&フリーター期の1年間は、本当に何も考えず、日々を流していただけだった。

 

そこから浮上して来たいま、一度死んだことで得られたものがたくさんある。捨てられたものもたくさんある。強制的断捨離。持っていたものをすべて失って、それから取り戻そうと思う時、もう一度欲しいと思うものは意外と少ない。そういう意味ですごく身軽になる。何が大切なのか、誰が大切なのか。


ということでタイトル、「処刑場としての会社」です。現代にそびえる断頭台。そこで首を刎ねられても、新しい頭がにょきにょき生えてくるやつが本物。みんな一度死ねばいい。そして帰って来ればいい。