起業家ニートライター

起業と引きこもりニートを経てライターしてます。企業理念の策定、発信代行などをしています。平成3年生まれ。

人が見た時に「壁か?」と思われるような成長曲線を描きたい

以前に運営していたブログの記事に人生の先輩から「そのままドンドン行け!」というコメントを頂戴したことがあります。

少し経ってから、そのままドンドン行け、というのは「そのままのおまえで行け」という意味ではなく「そのままの成長率で行け」という意味なんだろうなと受け取りました。いま味わい直してもそうだと思います。


まだ若輩者ですが、まあアップダウンの激しい人生で、

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↑グラフにするとこんな感じです↑

 

去年の10月に精神的なドン底より上がって来たところなので、この調子でどこまで行けるか?という感じです。出来れば今回のフェーズで社会人として自立するところまで辿り着きたい。

 


下がりきった後にガッと上がっていくのは、精神の暗闇で自分を見つめ直し、新しい価値観を得て帰って来るからです。そしてその価値観では通用しないレベルまで上がりきった時にまたGo to hell 地獄の釜で叩き直される訳です。非常に上手く出来ていますな!(と思わないと自分の不器用さにやっていられない)

 

なのでブレイクスルーを起こした後の成長率の高さについては自信を持っているのです。現在も成長期ならぬ覚醒期に突入しており、あちこちから学ばさせていただいてます。

 

そんな中で、


人が見た時に「壁か?」と思われるような成長曲線を描きたい。

 

という言葉が湧いて来ましたので筆を取った次第です。

 

それぐらいのスピードで進化していかないと僕のビジョンは達成できませんからね。

 

フリーランスとして自由な生き方を確立したい!」

なんてケチな目標で生きてませんから。

 



真面目に働くと死んでしまうクソみたいな日本の労働環境をぶっ壊したい。

僕はとりあえず世の中を変えなあかんのです。「仕事ってそういうもんだよ」と悟ったふりして、これから社会で生きる平成生まれの同胞たちに絶望を植え付ける死んだ大人たちの首を片っ端から刎ね飛ばしていきたいんです。

そのために僕が心から楽しいと思える仕事で稼げるようになるのはスタートラインでしかなくて、そこから働く人が楽しく仕事が出来る会社をつくったりしたいのだ。人が人らしく働ける雇用を生み出さないといけないのだ。


そういう人生を自ら選んで突き進むのなら、ジジイの散歩コースみたいな平坦な生き方、成長曲線ではダメだ。

 

人が見た時に「壁か?」と思われるような成長曲線を描きたい。

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このままドンドン行こう!!

23歳の仕事に必要なのは「黙ってやる力」

「自分の頭で考えられる力が必要だ」とはよく言われることですが、入社一年目の新入社員に限って言えば、自ら考える力よりも言われたことを黙ってやる「黙ってやる力」の方が必要だと思います。

 

黙ってやる力とは

先輩「この仕事はこうやって進めるといいよ」

新人「分かりました!先輩の言う通りにやってみます!」

これが黙ってやる力の高い新人。

 

対して黙ってやる力の低い新人は、

先輩「この仕事はこうやって進めるといいよ」

新人「はあ、そうですか…(あんまり納得できないやり方だな。自分のやり方でやってみよう)」

 

先輩の言うことを素直に聞かず、経験もないのに自分のやり方で仕事を進めてしまいます。そして大抵失敗する。

僕がまさに黙ってやる力の低い新人だったのです。ちょっとばかり自分で考えることに慣れていたために、先輩の言うことを素直に聞けませんでした。もちろん仕事は出来なかったです。

 

新人は黙ってやるべき
新人は黙って業務をこなすべきだと思います。なぜなら新人だからです。

いくら考える力があったとしても、会社での仕事に関しては先輩の方が経験もあるし考えてもいます。自分より上な訳です。だから自分が考えるよりも正しいやり方を教えてくれます。最初は納得できなくても、実際にやってみたら先輩が正しかったことが解るものなのです。

 

大事なのは黙ってやるべき時と自ら考えるべき時の見極め
黙ってやる力、ある意味で思考を停止することを勧めてきましたが、決して自分で考えることをやめるべきだと言いたいのではありません。

黙ってやるべき時と自ら考えるべき時の見極め、思考のギアチェンジを適切に行うことが重要なのです。


自分より経験豊富な先輩が教えてくれる時は、黙って教えてくれた通りにやってみるべきです。

逆にその仕事において、自分が誰よりも経験があり実力も兼ね備えている場合は、自ら考え仕事をするべきです。

仕事の内容、自分の実力、メンバーの能力、チームの中での役割…。
あらゆることを考えて、黙ってやるか、考えてやるか。

その都度、適切な姿勢で仕事に臨むことが大切なのです。

 

 ーーーー

終わりに

この頃フェイスブックで毎日投稿することにしているのですが、これはフリーランスの先輩に「ライターなのだからとにかく毎日投稿しろ」と言われたからやっています。

最初は(毎日かあ。毎日書くとなると質が下がりそうだな)と思ってやらなかったのですが、その先輩の方がフリーランスとして経験豊富なこと、またやる前から文句を言うのではなく、とりあえずやってみればいいと思い直して、この1ヶ月ほど毎日投稿しています。やってみると意外に質は落ちませんでした(笑)むしろブログで発信できないことが気軽に発信できるので非常にプラスです。

そんな訳で僕も、自分の中からグズグズ出てくる「えー、でもー」に対して「うるせえ黙ってやれ」と叱り飛ばす日々でございます。

【映画】アサシンクリード【感想】

映画アサシンクリードを観て来ました!ふぉー!

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すごいよかった。

すっごいよかった。

ほんと、すっごいよかった!!!

 

カッコよかったね。とにかくカッコよかった。

バットマンダークナイトを抜いて好きな映画1位にランクインです。

 

いやあ、ほんとよかった。絶対にもう1回観に行こう。

 

 

アサシンクリードな生き方
僕は個人でライターをしながら、仕事仲間のK藤とイベントを企画したり、自分が共感した誰かの「これやりたい!」を実現するための手伝いをしています。


そういう生活をして気づいた自分の欲求が、


コソコソしたい。

歴史に名を残さず歴史をつくりたい。

 

まさにアサシン。

 

強い光を放つリーダーが世の中を変えていく様を、みんなから見えない光が当たらない場所から見ていたい。カリスマになるのではなくカリスマを育てたい。

 

僕は僕で組織のリーダーになったこともあるし、まあまあカリスマ性もあると思うけど、たぶん本物にはなれない。本物のリーダーになるには僕は明るさが足りない。陽気な方だけど徹底的に明るくはない。明るく夢を語るよりは、冷静に現実を述べるタイプ。

 

たぶん僕の中で、自分が夢を持っていることは当たり前になっていて、他人にわざわざ語ることでもない。他人に語って満足な段階はとっくに通り過ぎていて、今の満足は夢を実現させること。語るだけの夢に意味はない。夢は実現してなんぼ。

 

実現してなんぼ、と他人の夢に対しても思う。自分が共感すれば「ぜひ実現しましょう」と現実的な話をしたくなる。もっと夢を聞かせて!ではなく、おもしろそうだから早くやろうや。そっちに気持ちが動く。

 

夢。ビジョン。なぜやるのか。

物事をやる理由を任せられるのってめっちゃラク。夢やモチベーションは移ろいやすいものだから、よほど深くまで考え込んでないとすぐに悩む。

 

でも実現する方はシンプル。スタンスは「おまえが本気ならおれも本気でやる」
その夢が正しい夢かどうか?深く考えるのはおれの役目じゃない。おれはただやるだけ。

 

これだと人を巻き込むために明るく在る必要がない。やっぱり僕は「やろうと思えば出来る」レベルのリーダーで、どうしても演技をしないといけない。夢よりも現実に、暗く冷静な自分に専念できるのは、気持ち的に本当に助かる。

 

 

前には出たくないけど、でも何かを為したいという情熱はある。陰で黙って生きていくのは無理。業が深い…。

 

そんな自分にハマるのがアサシンクリードな生き方。最後はアサシンの信条〈クリード〉で締めましょう。

 

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我らは闇に生き、光に奉仕するもの。我らはアサシンなり。

誕生日は1年で最も「ありがとう」を言う日

趣味は料理です。おいしいものを食べたい、というパッションで自らおいしいものを作ります。

一番作っているのはマーボー豆腐!実家で出されるメシをただ食っていた頃はそこまで好物ではなかったはずだけど、ひとり暮らしを始めて自分でゴハンを作るようになってから好きになりました。簡単だし、安く作れるし、おいしい。もちろんマーボー豆腐の素なんて使いませんぞ。

◦味噌◦醤油◦鶏ガラスープの素◦オイスターソース
これだけあれば充分マーボー豆腐になる。
豆板醤と甜麺醤もあれば完ぺき。あとはラー油ね。辛いの好きなのでいっぱいかけたい。


最近は、大根がおいしく煮れるようになりましたよ。ダシの効いた品のいい薄味の方じゃなくて、味がしっかりついた茶色い方。醤油と同じくらいみりんを入れるのがポイントですな!あとウスターソースをぶっこんでます。隠し味を超える量をドボドボ入れてるけど、意外にまとまった味になります。「ソースだぞ!」ってそんなに主張して来ない。

 

という具合で、自分が食べるためだけに大根を煮るレベルの料理好きです。

近いうちにシェアキッチン借りてみたいんだよね〜。僕が作りまくるから、みんな食べにくればいいじゃない。


自分の誕生日にそれやろうかと思っててさ。
たまに自分の誕生日パーティーを主催するお方がいるじゃん。みんな来てね!って。すごいと思うよね。自分の誕生日を祝うためにみんながわざわざお金を払って来てくれるはずだ、という前提が。やーばいマジで。生まれた星が違う生き物だわ。

まあ、あれか。逆に他人の誕生日にもそれくらいのことをしてるのか。おれ友達の誕生日になんにもしねえもんな。じゃあなんにもされなくてもしょうがねえな。


ってことで、自分の誕生日パーティーを主催して祝ってもらう星の元には生まれてませんので、僕がみんなをもてなそうかと。好きな料理でね。


どっかで聞いたわ。
「誕生日は1年で最も『ありがとう』を言う日」

素敵だわ。誕生日には、おめでとうって言われるより、おかげさまで楽しく生きています。ありがとう。って言いたいわね。わたしの星は、きっとそういう星ね。

ものをつくることの楽しさとは、自分の人生を生きる楽しさだ

僕は人生において「価値の受け手ではなく、価値のつくり手とならねばいかん」という気持ちがあります。

 

価値の受け手、消費者でしかなかったニート&フリーター時代にも、マンガを読みながら映画を観ながら思っておりました。

「いつかはこれを届ける側に回らねば…」と。


別にマンガや映画に限らず、価値あるものをつくって世の中に届けたい。

 

まだ働くことを知らない、高校生の頃にもプロ野球中継を観ていて感じていました。
グラウンドでプレイする選手とそれを応援するファン。やっぱり見ているだけじゃダメだ。熱狂させられる側ではなく、熱狂させる側になりたい。

 

テーマパークに行くのもけっこうツラい。
ジェットコースターに乗るための行列に並んでいると、自分がひどくつまらない人間に思えてくる。主体的に遊んでいるのではなく、消費者として遊ばされている感じがしてしまう。

 

前に書いていたブログの記事にも書いてありました。
「誰かがつくってくれた楽しさを、ただ消費するだけの人間ではダメだ」

 

 

先日お会いした、ものづくりをしているおじさんが言ってました。


「ものをつくることの楽しさとは、自分の人生を生きる楽しさ、主体的に自分の人生をつくる楽しさだ」

 

おお!そうですね!!自分の人生を生きる楽しさですね!ってなった。

 

ものをつくることは楽しい。それは思っていたけれど、なぜ楽しいのかは言語化できていなかった。そうか、自分の人生を生きる楽しさか。おじさん、ありがとうございました。

 

 

 

話変わって。

こないだミュージシャンの友達と曲をつくりましてな!とても楽しかったです!!


僕はライターなので歌詞を書いて、友達に曲をつけてもらいました。こないだライブで披露したら好評だったそうで、満足満足。いま一番楽しい趣味かもしれない。

 

音楽に関してはずっと受け手だったんだけど、一度でも自分でつくってみると受け手としての楽しさも倍増するね。

音楽はリズムを楽しむタイプなので「この曲は歌詞がいいんだよ」なんて言うことはあまりなかったのですが、歌詞を書いた後でいつもの曲を聴くと、今までスルーしていたフレーズのすごさに気づく。

 

YUIのSUMMER SONGの一節


青春ってほんのちょっと意地悪だよね

 

とか好き。これはいいコピーだ、ってしみじみ味わう。もしこのフレーズを自分で思い付けたらテンション上がるだろうな〜なんて想像したり。

 

 


ものをつくることの楽しさとは、自分の人生を生きることの楽しさ。


自分の人生を楽しむためにも、受け手としてより楽しむためにも、自分の周りにあるものを一度つくってみるのはおすすめです。